予告された殺人の記録 (新潮文庫)

ご無沙汰しておりました。
前回の日記を書いてから数日、中には
「本当に津川雅彦にどきどきしすぎてショック死したのでは」と心配されていたかたもいらっしゃるかと思います。
あのあと、加賀まりこさんにもドキドキし、その後とある会社の人事の方にどきどきし、
毎日がどきどきの連続であります。
気持ち的には、9歳くらいに戻った感じかな。いろんなことがわかりかけて、周りとがんばって会話しようとしてるあたり。笑

さてさて、今まで彼の作品を”怖くて”とりあげたことがありませんでしたが、
きょうはそんなGabriel Garcia Marques氏の作品をひとつ。
リンクを見ていただければわかるのですが、百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))が有名なコロンビア出身の作家・小説家です。
「作家」とついているのは、劇や映像の脚本も多く手がけており、脚本教室もひらいていらっしゃったためです。

私はお恥ずかしいことに「百年の孤独」は読みかけで挫折。だって小難しいんだもの。
しかしながら、彼の脚本教室系の本(たとえば生徒にどんな指導をしているか、どんなストーリーが魅力的なのか 等)は、
bloggerとして、すごく興味があったので3冊くらい読んだと思う物語の作り方―ガルシア=マルケスのシナリオ教室
右の画像の作品もそのひとつで、彼はその本の中で語っていたのが、
「作品になった物に対する評価は、何を書いたかじゃなくて、何を捨てたかということにある」
と書いていたのをいつも思い出す。
私の解釈では、彼は、物語のフレームの外に重点を置いていて、
そこに書かれていないものを読者がいかに想像出来るか、
いかに想像させる作品を作り上げるか、という点を大切にしていたんだと思う。
その他にも随所の記述に対して、何かあるごとに思い出す、そんな影響力の強い作品を残している作家だと思う。

そんな作品の中でも、今日取り上げたいのは「予告された殺人の記録」。(上画像)
実は私がスペイン語で読んだはじめての作品です。ちょうど1年前かな
主人公がSantiagoっていうんやけど、恥ずかしい話、私の滞在していたSantiagoと思っていた。
つまり人と土地名も区別つかないほどの語学力で、毎日辞書と格闘してた作品です。
あー なつかしいなー!
辞書ひきすぎちゃってストーリーどころじゃなくなっちゃう、っていう。笑
そのときたまたま近くにいた人とかにわかんないところレクチャーしてもらったり、
しまいには私のいた喫茶店が一丸となってガルシア・マルケスの話になって盛り上がる
みたいなことになってたけど。笑
結局がんばって、単語数は増えたものの、ストーリーはまったくわからず仕舞いだったので
日本語で読んでみた。新潮文庫から出てるから時間があるときに街で買ったんだけど。

スペイン語でさらってたところが「ああ ここかー こうなってるのかー!!!」とわかりながら読めたものの、
日本語で読んでもちょっとちんぷんかんぷんだぞ・・・?
ちょっとこれをスペイン語で読もうとしていたなんてなんておこがましいんだろう。笑
と改めて思った。
ただ、薄い本なので何回でも読めて、きっとそのたびに新しい発見がある本なんだろうなって思う。

ちなみに、これは実際に起こった殺人事件に基づいてかかれた本で、
作品のタッチが非常に冷血 (新潮文庫)/トルーマン・カポーティ に似ているな、と思った。
やっぱり「人の記憶」を文章化する、っていう同じプロセスをたどっているからだろうか?
冷血が好きな人も読んでもらいたいかな。

最近日本は暑いので、是非アイスコーヒーでも飲みながら
のんびり読書でもしてすごしてみてください。