きょうは学校の映写室(立派なミニシアターだった)にて
スペイン人が監督、グアテマラのスラム街に生きる売春婦たちを描いたドキュメンタリー
「線路と娼婦とサッカーボール」”Las estrellas de la linea” 見てきました。
http://shoufu-fc.com/
学校内で100人ちょっと集まったそうで、企画してくれた人、ありがとう。
以下、トレイラー。日本語のは無かった。

ストーリー:グアテマラのスラム街、リネア地区は、グアテマラで一番「下層」といわれているスラム街。
そんな地区で娼婦をしている女たちは日々差別と暴力に押しつぶされそうになりながら生きている。
しかし、そんな彼女達も「社会が自分たちを平等にあつかってくれるように」サッカーチームを結成、
社会に訴えることになったが・・・・。

内容は至ってシンプル・・・というか、ステレオタイプド直球!!「予想通り」!!な運び、となるので
アタマを使わなくても見れるドキュメンタリーだと。
例えば、娼婦は「娼婦らしい」服装・メイク(つまりド派手)
表情も泣いているか、超怒ってるか、大口を開けて笑っているか、男を誘惑している姿。
出てくる男も、基本的には彼女達を馬鹿にしているか、彼女達を使って自分を「売り込む」人たちばっかりだった気がする。

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ドキュメンタリーを見るときにいつも考えてしまうのは
監督 と 被取材者 の距離。(なんせ大学での専攻はメディア分析ですから。)
ドキュメンタリーの良い作品は、フレームの外で起こっている事・社会背景を
オーディエンスに想像させるものなんじゃないかな、って思います。

でもまあ、各国ドキュメンタリーの手法ってことなるから難しいなって思うんだけど
今回の作品は、どうも、監督が「娼婦」を斜めから見ているような気がしてしょうがなかったなあ
取材者に対するリスペクトみたいなものが感じられなかったというか。

(以下ネタバレ)
結局彼女達、サッカーチームを結成するも
なかなか勝てず
試合に出向くお金も無く
(結局費用は、物を売って工面したんだけど、友だちが、
「主人公が言ってたように娼婦であることに誇りをもってるなら、体を売って工面するはずじゃない」
とコメントしてた。確かに・・・)
社会の目は冷たく
(冷やかしのマスコミは熱かったが)
インタビューに対して「ドラッグ」だの「アル中」だのの単語が織り交ぜられていく
(結局このへんの単語が入っちゃうと、人に受け入れてもらえない気がするな)
最後は結局また元通りのようなうやむやな生活に戻っていく

って、おい!サッカーチームはなんやったんや?ドテーン!! ってコケて終わる。な内容なんですがね・・・。

企画者が
「社会における貧困うんぬんかんぬん」って言ってたけど、
貧困じゃなくて、マイナススパイラル(負の連鎖)グアテマラ編、ってことでしょう。
娼婦がだめっていうんじゃなくて、

娼婦をしないと生きていけないような過去が起こってしまったこと
娼婦をしながらじゃないと生きていけないという現在があること
娼婦をしながら生きている母親・知り合いを見て育つ子供たちがいるということ

この3点に集約されるんじゃないかな、と思います。
この映画を見た人、感想きかせてちょんまげ?