昨日は太陽が強すぎてくたくただったのに大学の帰りにお隣さんの実家でお隣さんのお父さんの誕生日パーティがあったので
行ってきました。お隣さんのご両親・いとこ・妹etc 非常に「ファミリー」なよい誕生日パーティでしたが夏ばてバテバーテな美紗子っちは即退散・・・
する予定がずるずる1時前までお邪魔することに。←いつものパターン

そこで「ねえねえ日本てどんな国」と非常に答えにくい質問(一番されて困る質問)をされ
「こんな女がのうのうと生きていける国だよ」と非常にわかりにくい答えをかえしておきましたが、

「ねえねえ、マチスタなんでしょう?日本て」
と 従兄弟。
この手の質問も非常に答えにくい。私は少なくとも今まで女であることで「損したー」と思うこともあれば
「得したー」と思うこともあって、それは男サイドからしてもそうなんじゃないかと納得しているから。
(例えば、クラブの入場料が男女平等だとかいって全部同じ値段になったら絶対私は今までよりも行くパーティが少なくなる。w)

というか、日本人の女がいるところで非常に話題になりやすい マチスタ という単語
日本語にすれば男尊女卑 か 男性中心主義 というか そんなところなんだろうな・・・

前も友人に「この前さー日本人の男友達に痩せろっていわれちゃったよー」と冗談交じりにいったら
本気で怒り出して
「そんなの人の勝手ジャン、人権侵害もいいところよ」とぷんぷんになってしまって
私は、人の助言1つでそういうとり方もあるんだなあ・・・と感心した一方、
そういうことを言うのもチリ男性は慎重にならなきゃいけないのか・・・(だからチリ女性が太いのかも)といらないことを
考えてしまいました。はっはっは

そのチリ人の友人に解説がてら、
この現代社会における日本の 男女の在り方 について一生懸命比喩をつかって説明しようと思っていたら
自分の中で非常に馬鹿らしいけれど案外いけるんじゃない?的たとえが出てきたのでこのblogをつかってちょっと書いてみようと思う。
語弊を恐れずに書いているので見苦しい点もあるかもだけれど、あくまでも個人的見解であることをご了承ください。
(どんなに頑張ったところで私は私の視点から脱することは難しいのよー)


社会を 便所にたとえる。
右側は ピンクで ♀ 左は 青で ♂。
ここで大概の女性は何も疑問を持たずに右へ入るし
大概の男性は左へ入る (と自分の経験と照らし合わせて言ってみる)

でも、何人かの女性は間違えて左に入り もしくは、何人かの女性はいつも使っている右側のトイレの使い心地に満足しておらずその日は決心して左に入り
また何人かの男性も然り・・・。

そして、なんと違うトイレを試してみた内の何人かの男女はそっちのトイレのほうが使い心地がいいと感じた。

こんなに使い心地が良いんだからみんなも試してみれば良いのに、とその日から声高々に(もしくはひっそりと)違うトイレを使おうよ、と主張しはじめる。

それまで右側(左側)のみを使っていた女性(男性)は
そんなはずはない と怒ったり、今までの自分の経験は間違っていたのだろうか 確かにあの便座で用を足せていたはずなのに・・・ と不安になったりする。
そこで両方ともつかった人は提案する。
「じゃあ、どっちも体験して、心地いいほうを使えばいいんじゃない?」

みんな納得・・・!!!
のはずだけれど、大概の人は一度の人生、ひとつの国・ひとつの社会である程度決まった枠組みの中で生きており、
違うトイレを試してみたいのに試せない状態にあるってこと。
また違うトイレを使っている人に対する偏見も少なからずあるってこと。

ここでいうトイレは性別であったり社会的立場だったりするけれど
私たちはそれらを「押し付けられている」と感じているのか もしくは 自ら選んでいると感じているのか。
そういうところかもしれないなー と トイレトイレと呟きながら

チリ人に話してみたら みんな黙り込んでしまった。
 
あまりにばかげていたのか 日本人のこの主張が意外だったのかは皆目検討不可 ですが(苦笑)

まあ、私は弱いふりして権力を握りたいタイプなので
日本の今までのシステムで結構満足してるよ というしょうもない話です。ふふふ。
ほかの日本の女性はどう思っているのかしら?

& 鬱が治ってきましたー♪